ボイド一家がゲーミングの世界で成功するまで

Bill Boyd at California Hotelソース: Vegas24Seven.com

1941年11月4日、男の子が生まれました。のちにボイド・ゲーミング社のオーナーとなるビル・ボイドです。父のサムは当時人口が1万5千人ほどしかない小さな町だったラスベガスのカジノクラブでディーラーとしての職を得て、1952年には全ての財産を投じてサハラホテル&カジノのオーナーパートナーとなります。その投資が功を奏し、さらにミントホテルを開業することに成功しました。

その頃には息子のビルは大学を出て弁護士になり、刑事事件、民事訴訟、養子縁組、ビジネス協定など、様々な分野で力を発揮していました。そして1961年にはゲーム業界にも参入することになります。あるカジノのオーナーが弁護士を必要としていたのです。ビルは弁護士としてカジノオーナーを助けながら共にエルドラドというカジノリゾートをオープンします。

父のパートナーとしてカジノを拡大、そして転落

15年間弁護士として働いたビル・ボイドは1975年、父サムと共にボイドゲーミング社を設立し、ラスベガスにカリフォルニアホテル&カジノをオープンしました。ビルは父から仕事を学び、良きパートナーとして父を支えました。ラスベガスでうまくいかないときにはハワイに活路を見い出しました。カリフォルニアでの事業が上向きになると1979年にはサムズ・タウンをオープンし、1983年にはスターダストを買い取りました。1993年に父サムが亡くなった後は、カジノが合法になりつつあった時代の流れに乗ってアメリカ国内で事業を拡大していきます。現在では7つの州で22か所を所有するまでになりました。

しかし2000年代の後半には景気後退の影響をもろに受け、2008年にはボイドゲーミング社の株価は94%も下がり3ドルにまで急落します。倒産を回避すべく、ビルは贅沢なカジノの計画を棚上げし、社長であったキース・スミスをCEOに昇格して、父サム以来のパートナーとしてアドバイスを乞いました。それが功を奏し、現在は株価が700%上昇し223億円の赤字が200億円の黒字へと転じています。見事、億万長者へと返り咲いたのです。

世界はオンラインカジノの時代へ 

カジノの世界の成功者ビル・ボイドの人生と共に、ラスベガスが小さな町だった1940年代から、カジノが合法になった1990年代、経済後退を乗り越えた現在までを振り返りました。カジノは常に発展しています。これからはオンラインカジノという形で、身近で気軽な娯楽として、ますます進化するに違いありません。

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